楽しかった思い出を、写真に残していきます。 あとで元気がでるように。 内容はいろいろです。

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遥かなるルネサンス展に行きました。 ⅱ

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2017年7月13日撮影


展示会では、ゲストが記念撮影できるスポットが用意されてます。

今回は、こちら天正遣欧使節団と一緒に。   大きくすれば、4人の名前が読め・・・るかなぁ (^^;


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看板の右の男性は、この右端の伊東マンショです。

伊東マンショが、美魔女と踊った?   美魔女とは誰?



ここで、前回の最後に出てきたフランチェスコ・デ・メディチが登場します。

2代目トスカーナ大公 フランチェスコは、お父様コジモや、おじいさま(黒隊の)ジョバンニとは違い、学研肌の貴公子だったようです。


神聖ローマ帝国のハプスブルグ家から王妃を迎えますが、その前にヴェネツィアから逃避してきたヴェネツィア貴族の娘 ビアンカ・カッペロを愛人としています。


正妻の王妃は子供を残し若くして亡くなります。(1578年没)  そのあとにフランチェスコはビアンカと結婚します。


少年使節が渡欧したのは、その頃なんですね。


ビアンカ・カッペロは、なにかと悪く言われていたようです。

詳しくは、塩野七生氏の短編小説 愛の年代記をご覧ください。


それにしても・・・・・・

教科書に出てくる伊東マンショと、塩野七生さんの小説が、神戸で リンクするとは思いませんでした~♪

そして・・・・・この愛のお話は、宝塚で上演できるほど愛に満ちています。



左のビア・デ・メディチは、ブロンズィーノ筆   右の伊東マンショは、ヴェネツィア派のティントレット筆です。


少年使節団が回った諸都市の絵画や書物など、たくさん展示されていましたが・・・・・

私の中では、フランチェスコの肖像画とビアンカ・カッペロの肖像画が一番印象的でした~♪ 




博物館を出て・・・・・

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いつもとは違う道を帰りました。


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向こうの方に、大丸が見えます。

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戦火に遭いましたが・・・・・所々に戦前の貴重な遺物が残っています。  


日常を離れた神戸ぶらぶら散歩は、ステキでした~ (^^♪


 

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